craft05 Erika Katsuya

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目次

ばあちゃんの模様、母の模様、私の模様を一つに。

 お土産屋さんが並ぶアイヌコタンの坂。店の前の歩道には猫が数匹いて観光客が頭を撫でている。学校から帰ってくると、店先に座っている母はいつも手仕事をしていた。
 「17.18歳くらいからだったかな。刺繍に興味を持ち始めたのは。母親の刺繍を見ていて、ああ、綺麗だなって思ったんだよね」
 母の刺繍を見よう見真似で、作り始めるがそう簡単にはいかない。
 ステッチの目がうまく揃わない、模様は書いてみようとするけど上手く書けるはずもない。
 「とにかく、見て覚えたね。模様なんか書けないから最初は母親が書いてくれてそれを刺繍して・・・上達するには数をこなすしかないって思って」
 アイヌの踊り子でもあった母は、舞台の控室でもお店でも常に刺繍をしていた。
 いつも側で母の刺繍を見て、学び自分自身の刺繍を習得することができたという。

ばあちゃんの模様、母の模様、私の模様を一つに。 イメージ1

 母親の手仕事から学ぶ中で出来た自分なりの模様の書き方がある。
 「ばあちゃんの模様、母親の模様、そして私の模様。これを一つのものにするようなイメージで作るの。昔ながらの模様を組み合わせて新しい模様にしたりね。
 ばあちゃんの、母親の、父親の、沢山の着物が家にはあるんだけどその模様がベースかな」
 作る商品に合わせて、着物の模様の中からパーツを組み合わせることもあれば、オーダーメイドの場合はその発注者のイメージを思い浮かべながら作るそうだ。
 「その人にあった色や模様が違うから、どんな人なのかなって話をしてその人にあうイメージを自分なりに考えて作るかな。私は昔ながらの模様が好きだけど伝統的・・・というより、ばあちゃん、母親から受け継いできたものをもとに新しく作るという感じ」
 2人から直接、見て学んで受け継いできたものを守りながらもオリジナルの作品を作っている。

受け継いできた刺繍「チヂリ」

 アイヌの刺繍には、木綿の生地に細い白布や色布を切り伏せる「ルウンペ」、
 生地に大幅の白布を切り伏せした「カパラミプ」、色布の生地に直接刺繍をほどこした「チヂリ」がある。これは地域や時代によっても異なる。えりかさんの刺繍作品は「チヂリ」が中心だ。
 「道東のアイヌといえばチヂリ。ばあちゃんの着物も、母親の着物もほとんどがそうだから。ばあちゃんから母親が受け継いで、守ってきた。それを、私が受け継いで一つにすると良い作品ができると思う。昔ながらの色使いが基本的には好きだけど、人間って色んな人がいるじゃない。だから、そこだけにはこだわらないようにしてる。」受け継いできた刺繍「チヂリ」 イメージ1 現代では刺繍糸の色のバリエーションは豊富すぎるほど揃っている。見比べてみても微妙な差しか分からないほどの色違いの刺繍糸達が手に入る。
 「少ししか違わないように見えるんだけど、色の組合せでは全然変わってしまうかな。ちょっとした組み合わせでぱっと花が咲いたような刺繍が出来ることもあるし。アイヌの刺繍だと白が定番だけど、その中でも濃い白、グレーが少し入った白、と変えるだけで変わるしね。伝統的な刺繍のものは2色が多いけど私は作品によっては色を増やすこともあるかな。ポイントで色を入れたりね」受け継いできた刺繍「チヂリ」 イメージ2 2人の子を持つ母でもあるえりかさん。娘さんも同じように刺繍を学びたいと言う。
 「娘はね、刺繍教えてって言うけどすぐやめちゃう。上手に縫えるんだけどやっぱり同じ事の繰り返しだからね。この何度も繰り返した作業が出来上がった時に喜びになる、達成感があるんだけどそれにたどり着くまでには小学生には難しいかな。でも、娘はネイルがとっても上手で凄く素敵な色の組合せをするんだ。
 あ、この色の組合せ良いなって私が勉強になるのよ」手先の器用さは代々受け継がれただけではなく、色の組合せを学べる関係でもあるという。えりかさんが側で刺繍を見て学んだように、また娘へとアイヌの伝統工芸が受け継がれていくのだろう。受け継いできた刺繍「チヂリ」 イメージ3

アイヌ舞踊の踊り手として

「踊りが大好き。フッタレチュイが特に好きなんだ。子供の時に見た大人の踊りが格好良くて。母親も踊っていたのもあったしね」
 フッタレチュイとは心臓破りとも呼ばれる黒髪の踊り。長い黒髪を嵐の松の木に見立てて激しく振りかざす踊りだ。
 「21歳くらいからかな。髪の毛を短くしたことないの。フッタレチュイ踊るためなんだよね。ずっと、この腰くらいの長さだな」アイヌ舞踊の踊り手として イメージ1 子供の頃から踊りの練習を続け、古式舞踊で披露される事が多いサロルンリムセ(鶴の舞)やフッタレチュイ(黒髪の踊り)の他にも、イウタ・ウポポ(杵つき歌)やトノトカラ(酒作りの踊り)など儀式用の踊りも伝承者として学んだ。
 PRイベントなどに出演して踊る事もあり、観客からは多くの拍手と歓声が寄せられる。
 「ヘクリサラリ(お盆の踊り)や踊り比べなんかも好きだよ。ヘクリなんかはこっちが楽しんで踊っていると観ているお客さんも楽しんでくれるんだと思う。踊り比べは、お客さんも一緒になって踊るのが楽しいよ」アイヌ舞踊の踊り手として イメージ2 今は、踊りの指導も地元の小学生むけにおこなっている。
 毎年小学校3年生から授業として5.6回学び、最後は発表会をおこなう。
 「みんな頑張ってるよ。楽しいって言ってくれるから嬉しいし。きつねの踊りなんか大変だから、疲れたーってへとへとになるけど楽しいって。楽しく、みんなで踊るっていうのが
 凄く良いと思う。アイヌ文化に触れてくれるのも嬉しいしね」

 アイヌ舞踊、道東のチヂリ。祖母から母へ、母から娘へと受け継がれてきたアイヌ文化をしっかりとつなぐ想いが一針、一針込められてえりかさんの模様が出来上がっていく。アイヌ舞踊の踊り手として イメージ3