生活を彩る衣服
アイヌの衣服には、家事や労働など日々の生活で普通に着ていた日常着と、祭りや儀式などの特別な場合にだけ身に着ける晴れ着とがあります。
表的な日常着としては、オヒョウやシナノキなどの樹皮から繊維を取って作られたアットゥシと呼ばれる樹皮衣が知られています。イラクサなどの繊維で作られた草皮衣は、おもにサハリン(樺太)のアイヌが着用していました。ヒグマやエゾシカなど動物の毛皮で作った羽織状の上着も、防寒のための重要な衣服でした。また、サケやイトウなど大型の魚の皮で作った魚皮衣はおもにサハリン(樺太)地方で、エトピリカなどの鳥から作った鳥皮衣はおもに千島地方で着用されました。
一方、晴れ着としては、古くから中国大陸との交易によって入手した山丹服(蝦夷錦)がありました。絹地に龍などの刺しゅうが施された豪華な衣服です。和人によって運ばれた小袖や陣羽織なども、次第に儀式の際の礼服として定着しました。丁寧に織られ豪華な文様が縫いつけられたアットゥシも、アイヌ固有の大切な晴れ着でした。また、木綿が大量に流入するようになると、華やかな文様で彩られた様々な木綿衣が作られるようになりました。
冬の寒さを防ぐために木綿や毛皮で作られた帽子、サケやシカの皮で作られた靴、さらには儀式や労働の際に身に着ける鉢巻きや手甲、脚絆、前掛けなども伝承されました。
文様にこめた思い
アイヌが身に着ける衣服には、切り伏せした布や刺しゅうなどによって、モレウ(渦巻き文)やアイウシ(括弧文)と呼ばれる独特の文様が施されています。これらの文様には地方によってそれぞれの特徴があり、母から娘へと伝えられました。
襟や袖口、裾まわりなどに施された文様には、単に見た目を美しく飾るだけでなく、そこから「病気の神々」などが入り込まないようにする魔除けの意味があるとされます。しかし、普段着や作業着には文様の無い物もあります。
布を切り伏せる技法や文様の形には、現在のロシア沿海地方やサハリン(樺太)に暮らす諸民族との共通点が数多くみられ、交易を通じた文化的交流があったことがうかがえます。
衣服に限らず、日常的に身につける刃物や儀式の際の刀や装身具などにも、アイヌ特有の文様が施されていました。